対物検査の投稿、お待たせいたしました~。
鉄工所で建築鉄骨を製作し出荷するまでには以下の様に沢山の検査が実施されます。
(材料の納入) 社内検査(材料受入検査→組立検査→外観検査→内部欠陥試験)→中間検査→受入検査→塗装検査 (製品の出荷)
書類検査と対物検査は中間検査・受入検査で実施されます。
中間検査と受入検査は「書類検査」と「対物検査」から構成されます。中間検査はある程度製品が完成した時点で実施される検査で、受入検査は全製品が完成した時点で実施される検査です。内容は同じ場合が多いと思います。
これらの検査者は社内検査はファブ(建築鉄骨を創る鉄工所)であるのに対し、設計監理者と施工者(ゼネコン)です。
中間検査・受入検査の前提として、検査対象の製品について社内検査が100%実施済みであることです。
【書類検査】
書類検査には「書類検査1(または書類検査)」と「書類検査2」があります。様式の違いですが、多くは書類検査1を実施します。
各ロットごとの社内検査のデータ表を監理者、施工者(以後、監理者)がチェックし、管理許容差を超え、限界許容差に達していない製品数、限界許容差を超えた製品数を確認します。限界許容差を超えた製品が1つでもあるロットは当然不合格となりますが、社内検査の時点で補正又は作り直しされているはずなので、普通はありません。
管理許容差~限界許容差の範囲の製品数がロットサイズの5%以下であればロットは合格です。
建前上、書類検査合格で中間検査、受入検査は終了しますが、厳しい場合は対物検査も実施します。
【対物検査】
対物検査には「対物検査1」、「対物検査2」、「対物検査3」があり、このうちの1つを選び実施します。対物検査2を実施することが多いようです。
■対物検査1
対物検査1は単純に製品300個以下で1ロットを組み、そこから10個の製品を無作為抽出して寸法を測定します。管理許容差を超えたものが2個以上あった場合、そのロットは不合格とします。管理許容差を超えたものが1個あった場合は2回目検査を続行し、更に10個抽出し寸法精度を測定します。1回目と2回目の20個について、管理許容差を超えるものが1個で(2回目の検査で管理許容差を超えるものが0)あればそのロットは合格とし、1回目と2回目を通じ管理許容差を超えるものが2個以上ある場合はそのロットは不合格とします。
不合格ロットについては、ロットの全数を寸法検査し限界許容差を超えるものがなければ合格とします。
■対物検査2、3
対物検査2、3は、標本に対して統計学に基づいた検定を行い、ロットの合否を判定する方法です。ファブが測定した(社内検査の)検査値と監理者が測定した検査値間の偏りとバラつきの有意差の有無を判定します。
有意差の判定は検査者の主観ではダメです。客観的な判定結果を得るために統計学に基づく仮説検定を実施します。
~統計学のおさらい~
仮説検定云々の前に、統計のおさらいをしましょう。
統計の手始めは順列、組み合わせ、平均、偏差、分散でしょう。
(1)順列と組み合わせ
順列とは例えば、1、2、3、4、5と書かれたカードから2枚取り出して2桁の数字を作った時の個数などで、並べる順番があります。12と21は違うとするものです。組み合わせでは並べる順番は考えません。12と21は同じものです。
記号であらわすときは順列はnPr(PはPermitation)、組み合わせはnCr(CはCombination)と書きます。対物検査2で5つサンプルを選ぶのは抽出する順番は関係ないので組み合わせです。
ちなみに30個から5つ抽出する場合の順列は30P5で公式から30!/(30-5)!=17100720通りあります。組み合わせでは30C5で公式から30!/(5!×(30-5)!)=142506通りあります。
(2)平均、分散、偏差
次に平均、分散、偏差についてのおさらいです。
平均は普通は算術平均(相加平均とも言います)を使います。これはデータがn個あった場合、データの総和をデータ数nで割った値です。
偏差は、データの平均値との差です。これは平均値より大きい場合と小さい場合がありますから、偏差の総和は必ず0となります。
バラつきの度合いを表すのが分散です。ただ、偏差の総和は0になるのでこれは使えません。
偏差の方向を無視できるように加工する必要がありそうです。思いつくものとして、一つは偏差の絶対値を用いる方法、もう一つは偏差の二乗を用いる方法です。
昔は絶対値を用いた時期もありましたが、数学的、物理的な意味はあまりありません。それに対し、偏差の二乗を用いる方法には最小二乗法にあるように数学的、物理的な意味が満載です。そうですから、今では偏差の二乗を用いています。(最小二乗法については割愛します)
分散の定義は偏差二乗和をデータ数で割ったものです。偏差の二乗和を求め、その平方根をデータ数で割っても良いような気もしますが、バラツキの度合いが二乗和のまま計算した方が大きく現れて分かりやすいからだと思ってください。
この分散の平方根をとったものが標準偏差です。
■仮説検定
ところで、対物検査2、3における「仮説検定」をなぜ対物検査に使うのでしょう。建築鉄骨は同じものも数個はありますが、基本的には同じ部材は一つもないので基本的にはファブによる全数検査です。
それに対して中間検査と受入検査は監理者が実施します。違う立場の検査者が検査をすることで検査の正確性を担保します。
建築鉄骨における仮設検定はファブの測定値と監理者の測定値の間に有意差が有るか、無いかを判定するのですが、JASS6では偏りの有無を判定するt検定とバラツキの大きさを判定するF検定の二つを実施することになっています。
(1)t検定
t検定は、二つの母集団の平均値に有意差が有るか無いかを判定する検定で、
それらのデータはt分布に従うという考えに基づいています。
そしてt分布は帰無仮説「2つの母集団の平均値は等しい」を真とします。またt分布には自由度というものがあり、自由度の大きさによって分布形状が変化する性質があります。
対物検査2、3における帰無仮説は「ファブの採寸データと監理者の採寸データの平均値に有意差は無い」です。
自由度ですが、いくらになるのでしょうか。対物検査では1回目の検定ではサンプルを5つ抽出します。監理者の測定値とファブ側の測定値のばらつきに有意差が無いのであれば両者の差の平均値にも有意差は無いはずです。5つのサンプルの取りうる寸法値は自由な値ですが、差の平均値に有意差は無いのであれば4つのデータは自由な値を取り得ますが、平均値が同じとなるためには最後の1つは自由な値を取ることはできません。つまり自由度はサンプル数から1少ない、5ー1=4ということになります。
棄却域はJASS6より求められている信頼区間は95%ですから、(有意差が認められる領域)5%を超える領域です。
t分布表から、t(4,0.05)=2.776です。検査データから得られるt値が2.78以下であれば両者に有意差はありません。
反対に2.78を超えるなら有意差が無いとは明言できません(有意差が有るとも言えません)。この場合は、更にサンプル数を増やして2回目の検定を行います。
2回目の検定では、t(9,0.05)=2.262です。2回目の検査データから得られるt値が2.262以下であればt検定は合格です。
2回目の検定が不合格となった場合は、ファブでの検査には正確性は認められないという結果が得られます。
t値の計算は式(1)によります。この式の証明は割愛します。
Vδ=不偏分散
n=サンプル数
Zav=標本の平均
μ=母平均(=0)
不偏分散は
di2=社内検査データと監理者検査データの差
式(1)と(2)より
式(3)を変形すると
標準偏差sは式(5)であるので
式(4)と(5)より
式(6)においてZavは絶対値で、1回目t検定の式は建築学会の提供しているシートにある計算式になります。
ただ、2回目t検定の式ですが、建築学会のシートでは計算式が1回目と同じ式になっているのですが、正しくは
が正解だと思うのですが(判定がより厳しくなる)、学会が1回目と同じ計算式で良いと言っているのだから、それで良しとします。
(2)F検定
t検定ではではそれぞれの母集団のデータの平均値の有意差(偏り)の有無を判定しました。それに対しF検定ではデータのバラつき度合(分散)が許容できる程度のものかの検定を行います。
簡易的にするために鉄骨建設業協会加盟17社による膨大な実際の寸法誤差に基づいて、標準的な分散を設定しています。これによれば測定する長さが2m以下の場合、標準的な誤差の分散はVm=0.5、2m超の場合はVm=1.0となるそうです。
F検定における自由度は監理者測定値については n-1 で、標準的な分散を設定する際の検査数は極めてに多いので、∞(無限大)となります。信頼域はt検定の時と同じ95%(棄却域は5%)です。
統計量Fの値はF分布表よりF4∞=2.37(1回目のF検定)、F9∞=1.88(2回目のF検定)が求められます。
これらから対物検査での標本の不偏分散を標準的な分散で割ったときの値が統計量Fを下回れば帰無仮説「二つの母集団の分散に有意差は無い」は採択されます。
なお、対物検査は梁のせい、梁の長さ、柱のせい、柱の高さ、柱の階高、柱の仕口のせい、柱の仕口の長さについて実施します。
【対物検査が不合格になったら】
対物検査は製造監理者が品数300以下で設定したロットについて実施します。もしも、対物検査が不合格になった場合は、そのロットを全数検査し、不適格品を全て補正または作り直すことになります。
【まとめ】
書類検査、対物検査を合格した結果、全数の95%は満足する品質が保証されます。対物検査で不合格となったロットは全数を検査し、不適格品は全てが作り直しや修正されることで適格品となるはずで、結果として全体の品質は保証されることになります。